プリセット型トルクレンチの価格が大幅に下がってきた昨今、それまではプロユースメインだったトルクレンチが一般のサンメカさん達にも手に入れやすい状況になってきました。実際にエイビットでもトルクレンチの販売量は毎年増え続けておりまして現在は全体の1~2割を占めるまでになってきました。
ただしそれと比例して問い合わせの数や内容も多くなり聞いているとせっかく買った高価なトルクレンチを使いこなせていない方も多いと感じます。
今回はトルクレンチを買うまで、そして買った後。要点を絞りまして私が気になっている点をいくつか説明していきたいと思います。普段の実践方式とは異なりますがこれを読んで少しでも何かの足しにしていただければ幸いです。
●自分に合ったトルクレンチの購入。
エイビットでも多種類のトルクレンチを販売しております。
メーカーによる価格差、またレンジの違い・設定の違い。いろいろあって何を買ったら良いのか分からなくなる方もいると思います。これから少し順序を追って分かりやすく説明しますので良く読んでみてください。
今回はプリセット型トルクレンチだけに焦点を絞っております。
まず「どんなトルクレンチを買えば良いのか?」って考える前に「何の為にトルクレンチが必要なのか?」って亊を考えましょう。「何の為に」って言うのはトルクレンチを買うきっかけになった作業が必ずあるはずです。きっとその作業をしたいからトルクレンチが必要と考えたのでしょう。その作業内容を良く考えてみるのです。
・エンジンを組みたい!
・ホイルナットを締めたい!
・補記類の点検用に!
・オートバイを全バラシしてレストアしたい!
いろいろあると思います。で、その目的の作業に合ったトルクレンチを探せば良いわけですね。
目的に合ったトルクレンチとは? → つまりトルクのレンジ幅が使用目的に合っている。と、言う亊。
下の図をご覧ください。
エイビットで販売している東日のトルクレンチ「QL」シリーズの対比表です。黄色い線で書かれているのが「モトトルク」シリーズの範囲。
例えば「4気筒のエンジンを組みたい!」だったとします。
まずは何をすべきか? まずは整備要領書を入手しましょう。整備書には各ボルトの締付トルクが必ず載っております。それを見て最低の締付トルクと最大の締付トルクを洗い出しましょう。
でまぁ、4気筒の普通のDOHCエンジンだったとすると大抵の場合、下限値で7~10Nm。上限値で60~80Nmくらいだと思います。上記の表に照らし合わせると「5~25Nm」と「20~100Nm」の2本が必要だと分かります。
このように自分のやりたい作業はなんなのか?ってのを冷静に突き詰めれば買うべきトルクレンチはおのずと分かるのです。
次は結構みなさんが悩む例。
お悩み例その1
「オートバイの通常整備をしたいのでメインのトルクレンジである10~50Nmを買おうか悩んでいる」
ってな相談。車での補記類整備も似てますね。実際にそれしかやらないのなら問題の無い買い方だと思います。
締付作業でのメインになるボルト12ミリや14ミリでの作業に対応出来ますし使い勝手も良いです。
しかし!さっきの4気筒エンジンの組み付け時を思い出してください。さっきは「5~25Nm」と「20~100Nm」が必要でしたよね?で、今回検討しているのが「10~50Nm」。上の対比表をよぉ~く見て下さい。
「5~25Nm」と「20~100Nm」の2本を買っていれば「10~50Nm」は必要の無いトルクレンチなんですね。完全にかぶっております。「5~25Nm」と「20~100Nm」を先に買って持っていれば悩むことなんて無いんですが買う順番が逆の場合すごく悩む亊になるんですね。
もし今後も絶対エンジンには手を出さない!って言うのなら「10~50Nm」で正解だと思います。
でももしかしたらエンジンもやりたいカモ・・って思うのなら「10~50Nm」は後々で無駄な買い物になる危険性もある訳です。
で、やっぱり可能性はゼロじゃないって言うのなら「5~25Nm」と「20~100Nm」の2本を購入するのが結果として安い買い物になる亊が多いんだと言うこと理解してください。
お悩み例その2
「車のホイルナットで使えるトルクレンチが欲しいんだけど他の作業でも使えるのが欲しい」
これも大変多い質問ですね。乗用車のホイルナットの締付トルクってのは大体105~110Nmくらいです。この時点で「QL」シリーズだと「40~200Nm」しか対応出来ないのが分かるかと思います。
で、くせ者なのが「その他の作業でも使うかも知れない・・」って亊。これ来店して相談する人に私は良く聞くのです「その他の作業ってなんですか?」って。ほとんどの人は答えられませんね。つまり想定している作業は無いんですね。
更に良く対比表を見てみると「40~200Nm」のトルクレンチが整備用としてはあまり使い物にならないレンジ幅のトルクレンチだと言う亊が分かるかと思います。そうなんです実はこのホイルナット用に購入を考える場合その他の作業ではあまり使わない単機能のトルクレンチになる場合が多いんですね。
で、エイビットが強力にオススメしているのが対比表とは関係なくなってしまいますが・・・
写真左のKTCのホイルナット専用トルクレンチなのです。
その右にあるのは東日の「40~200Nm」1番右がプロクソンの「40~200Nm」です。KTCのホイルナット専用トルクレンチは105Nm固定の非調整トルクレンチです。せっかくトルクレンチを買うんだから他の作業でも・・って気持ちはよぉ~く分かるのですがこのホイルナット用だけは別と考えてください。
「将来的にはエンジンもやりたいので」って言う方もいますがそれなら尚更KTCのホイルナット専用でOKです。だってエンジン用には全然別の2本が必要ですからね。
で、ここで1機種だけそれをクリアしているのがあります。それが東日のモトトルク「20~140Nm」です。どうしても!って方はこれにしておけば大丈夫です。ただしそれでも使い勝手を考えると専用レンチに軍配が上がると思います。
このように買うまでは悩みまくるトルクレンチの選定ですがやりたい作業のトルクを知りどこを妥協してどこを妥協しないか、がかなり重要になってきます。
ちなみに追記ですがメーカー間での価格差はほとんどトルクレンチ本体の精度には影響しません。価格差によって出る差は後々の耐久性やそのメーカーのサービス体制です。せっかく買ったのだから長く使いたいのか一発使えればOKなのかはユーザーの考え方です。よく考えてみましょう。
更に追記ですがトルクレンチというのは上限・下限とも精度が落ちます。例えば「20~100Nm」のトルクレンチがあるとすると下限値の20Nm付近、上限値の100Nm付近の使用はメーカーでも推奨しておりません。ご自分でやりたい作業のトルクが大体決まったらそのような選定も避けたほうがよろしいかと思います。
●実作業での注意点。
トルクレンチをお買い上げの後、お客さんとの会話の中で「ん?」って思う亊がたまにあります。せっかくトルクレンチを使い正確に作業を行おうとしているのにちょっとした使用上の間違いで頼るべきトルクレンチの精度を下げる結果になる使い方ってのが存在します。ここでは何点か代表的な使用上の注意点をあげてみたいと思います。
○ダブルチェックはダメ。
ダブルチェックってなんだ?って思う人も多いと思いますがようはトルクレンチで設定のトルクになり「カチ」って締付が終わった後にもう一度同じトルクで確認のように「カチ」ってやる行為です。
これはプロメカさんでもやる人が多く雑誌のトルクレンチ使用の記事にもわざわざ「もう一度念のためにチェックしときましょう」とか嘘の記事が載る為に広く浸透してしまった間違った使用方法です。「え?それダメなの?」って驚いている人も多いかと思います。
これはトルクレンチの校正時とかに使うトルクレンチテスターにかけながら測定してみると良く分かるのですが1度目の「カチ」って時に本来の設定のトルクになりますが、もう一度「カチ」ってやると設定のトルクから大きくズレます。
また同じような検証を何度かしてみるとその狂い方がマチマチで例えば50Nmで締めたいとして間違ったダブルチェックをすると時には50.9Nm、次に計ると51.8Nm、もう一回やったら52.6Nmと、もうバラバラです。間違った数値が均等に間違えるならまだ良いのですがこうもバラバラになるならトルクレンチを使う意味がありません。
これを読んだ方はそのような使い方をしないように心がけましょう。
○緩め側(逆転方向)での使用厳禁。
最近のプリセット型トルクレンチにはラチェットヘッドを使用した物が多く既存のラチェットヘッドを使用する為に締め側と緩め側、両方に回す亊が可能です。
しかし、トルクレンチ本体を見ると必ず回転方向が書かれたシール等が貼ってあると思います。
これはプリセット型トルクレンチの内部構造上の問題なのですが緩め側に回して使うと本体の精度を大きく落とす亊になるのです。
実際にやろうと思えば逆転方向での使用も可能なのですがメーカーが保証しているトルクレンチの精度が現在大体±4%程度だと思いますがこれを逆転方向に使ってしまうと±6~10%まで落ちてしまいます。また逆転で使用した場合内部測定石に不具合が起こる亊もあり正常な回転方向(締め側)の精度もその後落とす結果になる恐れもあります。
トルクレンチは精密測定工具です。間違った使用方法をすると寿命を縮めるだけでなく一発で使い物にならなくなる亊もありますので使用方法を守るようにしましょう。
○トルクレンチ以前の問題としてネジの締め方を覚えましょう。
1箇所のみの締付だったらあまり問題では無いんだけど一度に何箇所かの締付をしなければならないって場合は結構あると思います。
ましてトルクレンチを使用するような所ではなおさらの話ですね。で、せっかくトルクレンチを使用して正確にトルク管理を行おうって時に間違った締め方をしている方がたまに見受けられます。
今回は4気筒のDOHCエンジンのヘッドボルトを参考に多個所あるネジの締付方を説明したいと思います。実際は整備書を見ながら作業すると思うので間違える亊は無いと思いますが今回説明する締め方はエンジン以外のどんな状況でもそのまま使える基本ですので覚えておいて損はないでしょう。
黒く見えるのがヘッドボルト。エンジンヘッドと腰下を連結するとても重要なボルトです。
4気筒ですので全部で10本のボルトで固定します。
で、それを簡単に図にしたのがコレ。この10本のボルトはちゃんとした締付順があります。分かりますか?
正解がコレ。
締付順を数字で書いてみました。よく4穴や5穴のホイルナットを締める時も大抵こんな感じで対角に締め込んでいきますよね?それと要領は同じです。
すごく簡単な亊なんですがたまにこういった基本を無視して進めてしまう方もいるのです。ネジの本数や配置が違えど応用は効くと思いますのでこのような締め方を覚えておきましょう。
そして締付順ともう一つ。締め方にも注意してみましょう。特に間違いを起こしやすいのがいきなり目標トルクで締めてしまうって亊です。トルクレンチを買って目標とする締付トルクを一発で設定出来るようになるとかえって陥りやすい罠かもしれません。
例えば上記のヘッドボルトの締付トルクが75Nmだったとします。そういった場合はまず手でネジが回らなくなるまで締め込みます。この時ネジの感覚がおかしかったらねじ山を確認してみましょう。ねじ山がおかしい状況でいくらトルクレンチを使っても意味がありませんからね。
次に30Nmくらいで上記の締付順通りに全部締付ます。そしたら今度は少しトルクを上げて50Nmくらいで同じように。更に慎重にいくなら65Nmくらいで。で、やっと目標トルクの75Nmにするってな感じです。エンジンのヘッドボルトなのでそこまで慎重にしますが他の所でも今の工程の半分くらいはやったほうが良いと思います。
上記の方法をとる亊によってひずみも無く適性なトルクで締めつける亊が可能になるわけですね。
○トルクの数値の表記法の違いについて。
以前のトルクはよく「○○kgf・m」と書かれておりました。「○○キロで締めつけましょう」とかその名残ですね。で、現在は国際的に単位を統一しましょうってことで「N・m」(ニュートンメーター)と言う単位が持ち入れられております。
なんだか換算が面倒っぽいんですが実はそんなに大変ではありません。正確な換算だと・・
1kgf・m = 9.80665N・m
ですが。簡単に「1キロ = 10ニュートンメーター」って覚えてしまっても整備上あまり問題ありません。
何故かと言うと整備書に書かれている指定トルクの範囲に秘密があります。整備書って言うのはプロメカさんの為に日本全国(いや世界各国か)どこでも同じような整備が出来るように書かれております。
例えばトヨタのディーラーが日本に5000店あるとします。その5000のディーラーがものすごく精度の保たれたトルクレンチを使っていると言う前提ならば指定トルクもパシっとひとつの数値が書かれていると思いますが実際はそうではありません。実際の整備書を見るとあるボルトでは65~85Nmと書かれております。その差20Nm!つまりかなりアバウトな数値が整備書にも書かれているんですね。ですので単位の変換も1キロ=10ニュートンメーターって覚えてしまっても大丈夫な訳です。実際そのほうが簡単ですしね。もちろん正確にやりたい方はちゃんと上の換算式で換算すればOKです。
まぁ自動車やオートバイの整備に使う変換なら上記ので大丈夫ですよ、ってお話。
●トルクレンチを長く使うために。
トルクレンチとは上でも書きましたが精密計測機器な訳です。ちょっとした取り扱いの間違いや保管方法の手違いで簡単に狂ってしまう物でもあります。せっかく高いお金を払って購入したトルクレンチを出来るだけ長く使いたければ以下の点に注意しながら使用するようにしましょう。
○静かな場所に保管しましょう。
当たり前なのですが振動が激しい場所等には置かず静かな場所に保管するようにしましょう。上記でホイルナットのトルクレンチの話が出てきますがそう言った意味でも持ち運ぶことを前提としたトルクレンチとは別にしたほうが良いわけですね。
○使い終わったら目盛りを元に戻しましょう。
プリセット型のトルクレンチは目標トルクに設定して使う訳ですが使い終わったらそのトルクレンチの最下限値にして保管するのが望ましいです。
ちょっとこのトネのトルクレンチが分かりやすいので説明します。
「最下限値」って言うのを勘違いして理解している方もおりますので間違えないでくださいね。最下限値っていうのはそのトルクレンチの最小の数値です。例えば上記の「30~140Nm」のトルクレンチの場合は保管時に「30Nm」にしてあればOK。ところが・・・こんな間違いも起こしやすいので気をつけてください。↓
30Nmが正解。んでもうひとつはと言うと・・・・最下限値をぶっちぎって15Nmになっちゃってますね。
実はコレどんなトルクレンチでも起こりえる現象なんです。
プリセット型っていうのは下限・上限にロックは付いておりません。ですのでその限界を超えた数値にもなってしまうのです。特に使い終わった後に「そうだ!目盛りを戻しておかなくちゃ」とグリグリ回して小さい数値にするときに間違って下限値を超えてしまう亊があります。使い終わってしまう時は目盛りを見ながら確実に下限値に合わせてから収納するようにしましょう。
以上、いろいろと書いて来ましたがやはりトルクレンチを使う作業ってのは楽しいんですね。せっかくの高価な工具な訳ですからそれを100%活用して各自楽しんで整備をしてもらいたいと思います。