日常と猫

自分の中では忘れられない年になった2015年。
肉親がバタバタと倒れ入院し愛猫である先代の看板猫のレンチ君が亡くなった年です。
今でも2015年の── とか聞くと嫌な思い出とともに軽くフラバするので、当時の自分はよく乗り切ったなぁとか感慨深い思いになったりもします。

ちなみにこの頃って経済的にもどん底を経験しておりまして、肉親の入院費とか葬式代とかとにかく出費の連続でお店の経営にも影響が出るほどに厳しい状況が続きました。
そんな時に商売の先輩から

「まぁそんなの誰でも通る道だし数年も経てば笑い話になるよ」

と言われ、もちろんその時の私はそんな言葉を鵜呑みになんて出来なかったわけですが、それでもそんな言葉にすがって頑張るしかない状況でした。

猫

そんな感じでメンタルをずたずたにやられていた私を気にしてくれて、友人が「子猫の貰い手を探している人がいるよ」と紹介してくれたのが2代目看板猫になった「たま」でした。
当時はまだまだペットロスの状態で次の猫を飼うとかちょっと無理だよなぁ……なんて考えていたのですが、カミさんがひと目だけ見てみたいと言ったので見に行ったんです。そしたら伊勢崎の養豚場の倉庫にいたこいつと目が合ってしまって結局ウチで飼うことになったんです。

私が猫を飼うにあたって強く拘っている事がひとつだけありまして。
それは「オスネコ」だということ。
うちは4人家族なんですがカミさんと子供2人はみんな女。
自宅では男は私ひとりなわけです。
そこで出来れば新たに迎える家族は出来るだけ男が欲しいという単純な理由です。

で、このたまさんがウチに来たのが2015年の6月末。
いつの間にか5年も経ったんですね。

友人が言ってくれた通り夢中で頑張っていたらいつの間にかどん底状態は脱していました。
それで「よーしここからさらに浮上だ!」なんて考えていたらコロナ騒ぎでまた足踏み状態ですが、それでも当時の最悪だった事を考えれば全然なんとかなりそうです。

4人家族だった我が家も娘たちは成人して家を出ましたので、カミさんと私とたまさんだけになりました(お、男女比で逆転)

猫

たまさんも少しだけ大人の落ち着きが出てきたように思えます。

いま、コロナの影響でとんでもなくシンドイ思いをしている人って結構いると思いますが、数年経てば笑い話になるかもしれません。
私もまだまだ頑張りますのでどうぞみなさん応援よろしくお願いします。

※何が書きたかったのかさっぱりな文章なんですが「あ、猫が来てからちょうど5年なのか」と思って書いてみました。深い意味とかは全くありません。